田辺市文化交流センター たなべる

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  • 2010年代

地域の未来を見据えた新たな「顔」

歴史的地域の未来への設計

1963年に建設された和歌山県の旧田辺市立図書館は、経年による建物の耐久性や耐震性の問題を抱え、所蔵資料の増加による狭小化が要因となって、図書の貸出という基本的機能だけではなく、さまざまな図書館サービスの提供にも制約を余儀なくされていました。そこで田辺市は、2008年に社会保険庁から紀南病院の跡地である約9,500㎡の用地払下げを受けて、図書館と歴史民俗資料館、市民広場を併せ持つ新たな複合文化施設の計画を策定しました。

敷地は、田辺市の中心地であるJR紀伊田辺駅と田辺湾の中間。敷地は四方を道路に囲まれており、東側は世界遺産にもなっている闘鶏神社へと続く道があり、その背景には熊野古道がある歴史・地域性のあるエリアです。反対に西側は、比較的幅の広いバス道に接しており、扇ヶ浜へと繋がる明るく開かれたエリアとなっています。ただし、敷地周囲はいわゆる地方都市の住宅街が迫っており、必ずしも歴史を感じさせる景観とはなっていませんでした。

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計画敷地航空写真

このような環境の中で、設計の課題としては、建物の「顔」をどこに向けるか、敷地周囲からの見え方(景観)と建物内部からの見え方(景色)をどう建築的に表現するか、ということでした。また、田辺市からの要望として、配置に関しては、駐車場への進入経路や歩行者及びバイクの動線、市民広場の確保が、外観に関しては、紀州材の積極的活用と勾配屋根の2点が求められました。

課題と条件を踏まえて、RIAは建築設計コンセプトを「田辺市の顔として、地域の特性を生かしたデザイン」「自然環境に配慮した持続可能な未来を見据えたデザイン」「図書館としてゆっくりと本と向き合える、静かな、やわらかいひかりにつつまれた室内」の3つに据えました。また、配置に関する条件に対しては、西側に市民広場を確保した上で、敷地中央部に本体建物、東側にメインエントランスと駐車場を配置する案を採用。これにより、「歴史・地域性を持つ東側」と「明るく開かれた西側」という、それぞれに特徴的な「顔」を建物に持たせながら、コンセプトをデザインに落とし込んでいくこととなりました。

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確定した配置図。採用に至るまで複数の配置案での検討がなされた。

 

田辺市の顔として、地域の特性を生かしたデザイン

田辺市は紀伊路から中辺路への玄関口として古くから栄えており、豊かな歴史と風土を持ちます。デザインにあたっては、昔から残る町並みに多く見られる深い軒や杉板、漆喰壁・土壁などの仕上材を使い、分節化された勾配屋根と変化のある軒のラインにより歴史・地域性を表現するとともに、周囲の街並みに馴染むようにすることを配慮しました。

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田辺市内にみられる杉板、漆喰壁・土壁などの仕上材

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変化のある軒のラインを強調した東側ファサード

 

自然環境に配慮した持続可能な未来を見据えたデザイン

本プロジェクトの9,500㎡という敷地は、周辺街並みに対して非常に大きなスケール。東側のファサードのように歴史・地域性に配慮した外観と同時に、逸脱したスケールをプラスにとらえ、田辺市の未来に向けて新しい核となる表情を作り出すことも必要だと感じていました。

そこで、扇ヶ浜へとつながる開かれた西側のファサードは、ダブルスキン構造としたプロフィリットガラスを一面使用し、周囲の街並みにはない新しい要素を加えることで、雄大な太平洋の煌めきと田辺市の新たな未来・文化創造を表現。夜は柔らかな光を纏い「まちの行燈」として静かに周辺を照らしています。

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まちの行燈をイメージした西側ファサード

 

ゆっくりと本と向き合える、静かな、やわらかいひかりにつつまれた室内

閲覧室の周囲は乳白ガラスで囲うことで直射光を抑えるとともに、庇(ひさし)の反射を利用して光を届けるライトシェルフや天井を照らす書架照明など、柔らかい拡散された光で包まれるよう工夫しています。

また、当初から課題ととらえていた建物内部から外の見え方(景色)については、透明ガラスを高さ1.4mまでに抑え、かつ築山と植栽・乱形石張りで囲うことで外部への視線を制限しました。1.4mという高さは、大人が座ることで初めて外部が見える高さです。

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閲覧室は、天井に照明器具は設置せず全て書架からの間接照明とした。他にも、構造や使用ガラスの工夫により、日差しと視線をコントロールしている。

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閲覧室への直接光を抑えながらも、反射で柔らかな光を届けるライトシェルフ

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築山と乱形石張りに囲まれた閲覧室。窓に向かう座席であることから、座った時に見える景色に配慮した設計となっている。

 

計画概要

発注者 田辺市
延床面積 3,337㎡
主要用途 図書館、資料館
竣工年 2011年

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