街の発展に貢献する庁舎
敷地は千葉県の北部、香取市佐原駅の駅前です。
佐原は「水郷の街」として江戸時代から栄えた街で、駅から南下した小野川沿いの旧市街は、重要伝統的建造物郡保存地区として今もその歴史ある面影を色濃く残している地域です。一方、駅前を含む駅北の新市街は、公共施設が集積するものの40年近い時の経過とともに課題を抱え、ホテルを始めとした観光振興や市民交流施設、高速バス拠点の整備計画といった新たな街づくりが動き始めている地域です。
200年残る旧市街と40年でリセットとなる新市街。対照的な二つの街が共存している現在の佐原ですが、新庁舎(=香取合同庁舎)は、佐原駅北側に位置し、これからの新たな街づくりをリードする位置づけを担っています。
災害に強い安心安全な庁舎
設計のスタートは、東日本大震災でした。震災により敷地周辺は液状化や旧家の崩壊など大きな被害を受け、県の出先機関として敷地周辺に分散していた旧庁舎も、一部が使用不可となるなどの被害を受けました。そのため、新庁舎に求められたのは、被災し、老朽化、分散していた7つの機関を集約し、災害に強い安心安全な庁舎として新生させることでした。
この地域で災害に強い庁舎とするために、地震対策、液状化対策、そして水害対策の3つを課題として捉えました。具体的には地震対策、水害対策として1階と2階の間に免震階を設ける中間免震構造を採用しました。免震ピットを浸水想定高より高いM2階に設けることで、免震装置や免震ピット内の設備配管を水害から守るように計画しています。また、液状化対策として地盤改良を行い、それによって発生する残土を利用して地盤を約1mかさ上げしました。2階のトラス構造の柱は、建物の剛性を高め、免震装置の個数を減らすことを可能としています。
土地の風景を体現する庁舎
外観デザインは、広々とした田園風景のなか一直線に伸びてゆく利根川土手の「水平性」や、香取神宮の鳥居河岸にある鳥居の「ゲート性」を体現するものとしました。また、旧市街の象徴である瓦や漆喰、木格子といった素材表現を用いることで、その土地の風景に寄り添いながらも、新しい街の風景をつくりだす「もてなしの庁舎」として設計しました。
中間免震をまたがる吹き抜け空間のエントランス
意匠的に課題となったのは、免震層を挟んだ1階~2階につながる吹抜けのエントランスでした。通常ピット内に隠れるはずの免震基礎はむき出しの状態となり、垂れ壁と天井の間にはスリットが必要となります。そこで中間免震の建物として極力それらを生かすデザインができないかと考えました。免震基礎がむき出しの柱は杉板の打放仕上とし、免震基礎下部をガラススクリーンで囲んで象徴的な見せ柱として表現しました。免震スリットも天井スラブが浮いているように見せることで浮遊感のある空間を演出しています。
「見る・見られるの関係」を生み出す共用廊下
空間構成として特徴的なのは、佐原駅のプラットフォームに対峙して配置されている60mにもなる長い廊下です。1階から4階の各階廊下で、対峙するプラットフォームを歩く人との「見る・見られるの関係」が生まれることを意図しています。
1階の廊下は待合スペースも兼ねた広々とした廊下ですが、窓の高さを1.2mに抑えることで、プラットフォームを歩く人の足元だけが見えるようになっています。落ち着いた雰囲気ですが、十分に明るく温かみのある空間です。2階の廊下はトラス柱の影が濃紺の床に映り込み、建物内外の連続性を感じられる象徴的な空間です。3・4階の廊下はガラス張りの開放的な廊下となっており、プラットフォームの全景を見渡すことができます。2~4階の床仕上げについては天然素材のリノリウムを使用していますが、2階は旧市街を流れる運河を表す濃紺色を、3・4階は周辺に広がる田園を表す新緑色を採用しています。
建物が完成し、この長い廊下を歩きながらガラス越しに外を見ると、電車を待つ小学生たちがこちらに向かって元気よく手を振ってくれていました。設計時に意図したことが、きちんと空間として生きていることを感じられる瞬間でした。